映画:Sometimes in April

 1994年にルワンダでおきた大量虐殺についての映画。
 「ホテル・ルワンダ」という映画が同じ題材を扱っており、日本でも公開されたのでそちらの方が良く知られているかも。J郎も「ホテル・ ルワンダ」を観て感動した。そのことを近年ルワンダで2年間 仕事をしてきた友人に話したところ、ルワンダ本国では「ホテル・ ルワンダ」の評判はそれほどよろしくないらしい。ロケ地の多くが ルワンダ国内でないことをはじめ、エンターテイメント性を重視し たため事実に照らして首をかしげる部分が多いらしい。ルワンダ本 国で上映会が行われたときには、監督本人が必ずしも写実的ではないことを観客に説明していたそうだ。
 その友人からルワンダ虐殺の映画ならこれを観ろとすすめられたのが、この「Sometimes in April」。
 実は、J郎はすこしだけ仕事でルワンダにも関わったことがある。虐殺から3年後の1997年にはルワンダ国境に近いタンザニアの難民キャンプを訪れ、1998年にはルワンダ本国にも行った。銃痕や爆破された建物がまだ残っているころで、虐殺についての生々しい話も聞いた。この映画で描かれるのは、まさにその当時聞いたとおりのこと。でも、映像で見せられると、この通りのことが現実に起きたのだと思う反面、その地獄絵図にあらためて身の毛がよだつ。
 ルワンダでの滞在中には、「ホテル・ルワンダ」の舞台であり、今回の映画にも出てきたホテル・ミル・コリンズに泊まった。ほんの四年前にはキガリのいたるところ死屍累々だったとことを、そしてルワンダの人々は決してその光景を忘れられないであろうことを実感する想像力のないまま、夕方にはビールなど飲んで呑気なものだった。J郎の雇い主は、百万人の虐殺という大惨事が起きてからは、あたかも罪滅ぼしのようにルワンダに多額の援助を注ぎ込んだ「国際社会」だった。そしてその後、今にいたるまで、J郎はこういう映画を観る時以外、ルワンダのことをあまり思い出さない。だから、虐殺が起きるまで、ルワンダに対してなんら干渉しなかった諸外国のことをとやかく言えません。
 でも今やJ郎も夫となり父となって自分の小さな家族を守ることで精一杯だし、それが一番大事なことなので、それはいたしかたないこととも思う。ただ、だからこそ、夫として父親としてのこの映画の主人公の痛みが共有できてしまい、観ていてたいへんしんどい映画でもありました。
 なお、ちょっと前に読んだジャレド・ダイヤモンド著「文明崩壊」の下巻では、ルワンダ大量虐殺の隠された重大な要因のひとつとしてマルサス的な人口圧力があることを示していた。証左のひとつとして、ツチ族のほとんどいない村でさえ、虐殺が起きていたことがあげられている。そういう巨視的・生態学的な分析もあろう。この映画の主人公に聞かせたら、「それがどうした!」と怒り出しそうではある。